いつものことだが怒涛のごとき焦心
2005年10月12日だいぶ慣れたというか、かわし方はわかってきたけど、
いつどこにいても何をしてても急に襲ってくる「焦る気持ち」が
やっぱりちょっとこたえるね。
油断するといつでも
「こんな年になるまで決断できずにきて、今になってバタバタと
見苦しい上に半端な努力を始めて、一体何になれると思ってる」
って、心底意地悪な声が聞こえてくるよ。
私と同い年の友達で卒業後からずっとしっかり働いてる子達は、
皆もう社会の中でかなりのキャリアを積んでる。
私と年の近い声優さん達のお仕事一覧なんかを見ると、
ずらずら〜っと作品名がたくさん並んでる。
彼らががんばってた間、私は意気地無しなまま
したくもない結婚をし、生みたいわけでもなかった子供を生み、
自分の家事・育児能力の無さ、みじめさ、罪悪感に
気が変になりそうになりながら、こそこそ暮らして、
今になってあまりにも分不相応な世界なのに
見苦しいあがきでしがみつこうとしてる。
自分でもこんな自分が心底嫌だ。
ダサくて醜くて臆病なのに諦めきれないでいる図々しさが
恥ずかしくて嫌だ。
・・・という気持ちが、以前はすごく自分の本物の気持ちだと思ってたもんだよね。
こんな気持ちと、このまま醜いまま何者にもなれずに人生が過ぎてってしまうんじゃないかという焦りが、あまりにもリアルに感じられてたもんだから、いちいちどん底まで鬱ってはそれまでに少しでも始めてた努力も全部投げ出したりしてた。
でも今は、そういう嵐みたいに襲ってくるネガティブな感情を、あんまり真剣に相手しないでスルーするコツが少しはわかってきたよね?私?
大丈夫。
ああいう意地の悪い心の声は、みんなウソなんだもの。
落ち着いて。
憧れを追うには条件悪すぎるのは分かってる。
でもそんな人の方が、宇宙にとっては助けがいがあるってもんじゃない?
私一人の力だけでがんばらなきゃいけないってもんでもないはず。
私にも、何か私を愛して守ってくれる力が働いててもいいはず。
できる努力はあまりにもちょっぴりで、これだけじゃ私の先に何の可能性もなさそうなのは、よ〜く分かってる。
後はもう、理屈抜きに信じるだけ。
いつどこにいても何をしてても急に襲ってくる「焦る気持ち」が
やっぱりちょっとこたえるね。
油断するといつでも
「こんな年になるまで決断できずにきて、今になってバタバタと
見苦しい上に半端な努力を始めて、一体何になれると思ってる」
って、心底意地悪な声が聞こえてくるよ。
私と同い年の友達で卒業後からずっとしっかり働いてる子達は、
皆もう社会の中でかなりのキャリアを積んでる。
私と年の近い声優さん達のお仕事一覧なんかを見ると、
ずらずら〜っと作品名がたくさん並んでる。
彼らががんばってた間、私は意気地無しなまま
したくもない結婚をし、生みたいわけでもなかった子供を生み、
自分の家事・育児能力の無さ、みじめさ、罪悪感に
気が変になりそうになりながら、こそこそ暮らして、
今になってあまりにも分不相応な世界なのに
見苦しいあがきでしがみつこうとしてる。
自分でもこんな自分が心底嫌だ。
ダサくて醜くて臆病なのに諦めきれないでいる図々しさが
恥ずかしくて嫌だ。
・・・という気持ちが、以前はすごく自分の本物の気持ちだと思ってたもんだよね。
こんな気持ちと、このまま醜いまま何者にもなれずに人生が過ぎてってしまうんじゃないかという焦りが、あまりにもリアルに感じられてたもんだから、いちいちどん底まで鬱ってはそれまでに少しでも始めてた努力も全部投げ出したりしてた。
でも今は、そういう嵐みたいに襲ってくるネガティブな感情を、あんまり真剣に相手しないでスルーするコツが少しはわかってきたよね?私?
大丈夫。
ああいう意地の悪い心の声は、みんなウソなんだもの。
落ち着いて。
憧れを追うには条件悪すぎるのは分かってる。
でもそんな人の方が、宇宙にとっては助けがいがあるってもんじゃない?
私一人の力だけでがんばらなきゃいけないってもんでもないはず。
私にも、何か私を愛して守ってくれる力が働いててもいいはず。
できる努力はあまりにもちょっぴりで、これだけじゃ私の先に何の可能性もなさそうなのは、よ〜く分かってる。
後はもう、理屈抜きに信じるだけ。
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